「ねえ、本当に泊まっていかないのかい?」
「……モデストさん。お気持ちは嬉しいんですけど」

 私は、子ども達と微妙に視線を合わせないように、慎重に辺りを見回した。
 もし、ほんの少しでも嫌な顔をすれば、彼女の私への評価は変わっていただろう。しか
し、そんな愚かなことは、今日はもう二度としたくない。出来うる限りの、哀しみと愛情
に満ちた表情で、私はその誘いを断った。
 ここに私が泊まると、子ども達の食事が減ってしまうから。こんな場所に二度と戻って
来たくなかったわけでは、決してないのだと。
 私はそんな演技を完璧にこなし、彼女の抱擁だけは、最後に受け入れた。

 外に出ると、グラーヴェはすでに車に乗り込んでいた。リセルシアは私のことを待って
いるつもりなのだろう、車のドアの前に立っていた。

 急ぎ足で、それでも何度か振り返る仕草も忘れず、私は車へと向かう。その後ろから再
び声が掛けられるだろうとは、予想していなかった。

「ねえ」
「……ん? 君は」
「今日はここにとまっていかないの?」

 さきほどの、無垢で愚かな子どもが、再び私の服の裾を握っている。ふりほどきたい衝
動に駆られたが、なんとかそれだけは自制した。どんな優しい言葉でその手を離そうかと
思案を巡らせていると、それよりも早く、車から声を掛けられた。

「私はそれほど暇じゃないんだ。昔のよしみもあることだろう。お前はこのままここに残
ると良い。明日朝、車をよこしてやる」

 グラーヴェが、それだけ言って車の窓を閉じた。そのまま発車していくのを呆然と眺め
ていたが、しばらく進んだところで急停車する。気が変わったのかと追いかけようとする
と、その子どもがまだ、私を離してはくれなかったことに気づき、足を止めざるを得なか
った。
 そのまま、車は再び進み始めた。ただ一人、リセルシアを残して。

「あ……あの」

 リセルシアは、私の元に駆け寄り、まるで犬のように息を切らせながら笑顔で続けた。

「私もここに泊まります」
「……そう」

 視線を逸らすと、子どもも笑顔を浮かべていた。どちらを向いても、不快な気分は治
まらない。
 やがてモデストまでもが私を囲むようにして立っていて、私は下を向くしかなくなる。

「ファル。今日だけはなにも気にしないで良いのよ。大したおもてなしはできないけど、
あなたはいつまで経ったって、ここの子どもに変わりないんだから」

 その事実こそが私を俯かせていることに気づかないようで、モデストは嬉しそうに何度
も私の肩を叩いた。私はかろうじて、お礼の言葉を口にした。

「……ありがとう、ございます」
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